ヒーロー較正記録
「ライトハウス・996番」のカウンセリング記録。各「ライトハウス」は体力、戦闘の訓練以外にも、忠誠心を維持するために定期的な心理カウンセリングおよび思想較正を受ける必要がある。
ヒーロー較正記録
各「ライトハウス」の思想を正しい状態に保つため、定期的に思想教育を施すものとする。
以下は「ライトハウス」996号の思想較正時の記録であり、内部での参考、学習にのみ使用、外部への漏洩を固く禁ずる。
記録番号:369
「なあ先生、最近ずっと疲れがとれなくて、なんというかその…戸惑い…いや不安、いや退屈…?とにかく、そういうものを感じてる気がするんだ」
「いったいどうしたんです、996番?ヒーロー活動を退屈に感じていると?」
「い、いやいや、そうじゃない!ただ…そう、最近はカンパニーの悪い噂をよく目にするんだ。それで、俺のやってることが本当にヒーローに相応しいって言えるのかって、そんなことをずっと考えちまって……」
「ですが996番、あなたはカンパニーにとっては選ばれし者であり、千星シティにとってはヒーローなんです。他の誰が揺らいだとしても、あなただけは揺らぐことがあってはならないんですよ?」
「俺、俺は……」
「996番、あなたの気持ちは理解できますし、あなたを気にかける人も大勢います。境遇に同情する者もね。ですがだからこそ、そんなみんなの期待に応えるために、あなたは頑張らなくてはならないのです。わかりますよね?」
「そう、だよな。頑張ってみるよ」
注:対象の感情に波が生じている場合、まずは共感を示す定型句で対象の感情を落ち着かせる必要がある。その後、責任感を生じさせることで対象自身が感情を抑制するように誘導することで、一時的にこの思想的問題を解消できる。
……
記録番号:957
「先生、最近ずっと自分の名前が欲しいって思うんだ。ほらジョンとか、ギルマンとか、そういう普通の…これって病気なのか?」
「ですが、あなたにはもう名前があるじゃないですか、996番。そうでしょう?『ライトハウス』、それがあなたの名前です」
「違うんだよ、そういうことじゃなくて。ヒーローとしての名前とか、数字の羅列じゃない、ただの人としての名前さ」
「996番、あなたの気持ちは理解できますし、あなたを気にかける人も大勢います。境遇に同情する者もね。ですが——」
「先生、俺はただ自分ってヤツが誰なのか知りたいんだ。自分が誰なのか、わからないんだ」
「あなたは『ライトハウス』ですよ」
「『ライトハウス』で、ヒーローで、996番で、アポリさんのよき助手で…けど、それらを取っ払った俺は、何者なんだ?」
「それでも、あなたは『ライトハウス』です!」
「先生、あんたはその医術や生研院での役職、夫や子供を失っても、あんた自身を失うことはない。あんたは永遠にマドリン先生だ。でも俺は?俺がそれらを全部失くしたとしたら…この分厚いパワードスーツの中は…空っぽになっちまうんじゃないか?」
「あなたは『ライトハウス』なんです、ジョンやギルマンのような凡人ではなく。心配しなくても、あなたは空っぽなんかじゃありませんよ。あなたの内側は、琥珀の王の光で満ちているんですから」
「俺…先生の言ってる意味がわからないんだ……」
「ねえ996番、空っぽの灯台を想像してみてください。それ自体に光は無く、あるのは無数の窓ばかり。光を生み出すことはなく、できるのは光を通すことだけ。でも、琥珀の王が放った光はあなたを通すことではじめてすべての暗闇を照らすことができるんです。あなたは空っぽなのではなく、神聖な光を受け止めるための器なのですよ。器が空であれば、それだけ純粋な形で其の光を受け止められる、そうでしょう?」
「わかった、わかったよ…これからも、頑張ってみるよ……」
注:対象のアイデンティティが茫漠としていたため、まずは共感を示す定型句で対象をなだめ、その後、道徳的な刷り込みを行うことで思考の揺らぎを解決しようと試みたが、効果は芳しくなかった。以後、継続的なフォローが必要になると思われる。
……
記録番号:2144
「そして先生、あんたこそ本当のヒーローだ!」
「認めてくれてありがとう、996番。それで、何か問題でも?」
「注目、ヒーロー、演技…ああ、ああ!何も問題なんてない!今は最高の気分で、今日は最高の日さ!」
「落ち着いてください、996番。あなたの気持ちは理解できますし、あなたを気にかける人も大勢います。境遇に同情する者もね。でも——」
「でも、世間のヒーローってのはみんな、人生の真実を知って、それでも人生を愛する者たちなんだ——そうとも、愛してるよマドリン先生!」
「どうやらとっくに錯乱していたようですね…誰か、996番『ライトハウス』の処分を」
「わかった、何もかもすっかりわかったんだ——なんだよ?おい引っ張るなって!俺はまだ、カンパニーのヒーローをやらなくちゃならないんだ!」
注:対象の精神は完全に崩壊、今回の長期的な較正計画は失敗に終わった。失敗の要因は、共感を示す定型句の多用にある可能性がある。996番については、既に既定の手順によって処分済み。